8月15日、終戦の日
80年前の1945年、日本は大変な犠牲の上、戦争に負けて、戦争が終わりました。今日はそれから80年の終戦の日です。

大村洋子市議、井坂しんや県議、井坂直市議、ふじその
戦争の記憶を伝えることは、平和を大切にすることだと思います。私の祖父母は大正の終わり頃に生まれて、終戦の時は20歳代でした。両親は戦前生まれで、「火垂るの墓」の節子と同じくらいです。私自身は戦争を知らなくても、本や映画の登場人物を肉親になぞらえながら理解することができます。語り部の継承は課題です。
日本政府も核兵器禁止条約の批准を!
2021年の核兵器禁止条約発効に続き、昨年は日本被団協のノーベル平和賞受賞という大きな出来事がありました。今年の原水爆禁止世界大会には全国から海外からたくさんの方が集まり、核兵器廃絶と平和を誓い合いました。80年という月日をかけて、ここまで進んできたことは、被爆者の大変な努力があったのだと思います。同時に私を含めた人々が、もっと切実に動けていたら、とも思います。
「抑止」ではなくなくすことがほんとうの平和
核兵器廃絶を語りながら、核兵器は「抑止」と核保有国に追随する為政者は問題です。さらに核兵器の保持を主張する政治家まで現れてきました。抑止ではなく、廃絶こそが一番の安全への道です。原爆の実相を知っている日本が先頭に立って核兵器保有国に核兵器廃絶を促していかなくてはいけません。
逆行させない平和を!
戦争という多大な犠牲を払って、日本人から「大日本帝国」の呪縛が解けました。新しい日本は平和憲法を制定して、平和国家として世界に責任を果たしていくことを約束しました。しかしその後自衛隊が創設され、集団的自衛権行使容認や安保法制の強行成立、安保3文書の閣議決定などで、日本がアメリカに従い他国で武力行動をする危険性が高まっています。
憲法に則した外交を!
日本国憲法前文に「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」続いて「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」という文章があります。
パレスチナやウクライナで起きている殺りくと破壊をやめさせるために、日本国憲法を生かした外交に変えていかないといけません。
横須賀から平和を!
戦後の1950年に横須賀市を含む旧軍港4市を対象とした旧軍港市転換法が施行され、海軍の基地は平和利用することに決まりました。
しかし実際には自衛隊施設や米軍基地となっている例が多いです。戦後の日本と同じように横須賀も平和都市へまっすぐに進むことは難しく、米軍基地は今や市民の大切な職場ともなっています。身近に観ることができる軍艦は、観光資源のように見られています。
新しい戦前という言葉も聞かれています。このまま隣国との脅威をあおっていたら、本当に戦争になってしまうかもしれない。横須賀から戦争が始まってしまうかもしれません。そうさせない責任が私たちにはあります。
自分らしく生きることが平和につながる
私の前職は介護職でした。そこでは戦争中空軍の少年兵だったお年寄り、戦争中横須賀の海軍基地に通っていたというおばあさん、戦後ソ連の捕虜になったお年寄りなど、いろいろなお話を伺いました。
また、ダンスに打ち込んでいた時は、大好きなサンバやサルサの音楽が奴隷売買や侵略でバラバラにされた民族が残した文化だと知りました。日本の音楽や踊りも中国や朝鮮半島の影響を受けています。
一人ひとりがその人らしく生きることが世界の平和につながります。
残酷なジェノサイドが続く中での、節目の日となりました。一刻も早く、全ての人が平和な環境で生きられるように、できる限り行動していきます。
ふじそのあき



